「非線形科学」蔵本由紀著,集英社新書, 2007年

数年前,まだ科学を独学で勉強していた頃に読んだ本の1つである.あれはゆらぎやアトラクターといった何となくいい響きのする言葉に取りつかれていた頃だった.いまこうして読み返すことになったのには訳がある.それは先日この本の著者である蔵本先生のお話を聞いたことだ.数理モデリングの哲学と題したそのシンポジウムで,先生が話しているのを見た.それをここで長く話すことは,ここでの趣旨から逸れる気がするので,今のところはやめておこう.

ここでの趣旨は,本の中から気になった文章を引用すること,およびそれについてコメントすることである.

 

まえがき

本書の目的について.

非線形現象とはかくも多彩なものですが,多くの科学者たちの努力によって非線形現象を理解するための定石ともいうべき基本的な考え方や手法が,これまでにいくつか確立されました.その立場から非線形現象の世界を眺めますと,右にあげたようなトピックごとの世界像とはまた趣が異なって,それぞれのトピックがしかるべく位置づけられ,統合された, 見晴らしのよい眺望が得られるでしょう.本書の目的はそこにあります.

非線形科学のトピックとは,カオス,フラクタル,ネットワーク理論,パターン形成,リズムと同期などである.これらの言葉がどのように位置付けられるのか僕は知らない.

 

遺伝子,核酸,タンパク質,脂質といった物質から成り立つ細胞,それから構成される生物を僕は今ではある程度理解したと思う.また,生物がどのように1つの細胞から発生してき,体を維持し,そして死んでいくのかについてもある程度は語れるのかもしれない.だけど,僕はよくこれでいいのだろうかと思う.細かく分解して分析することを通じて物事を理解する態度は,デカルトに始まる近代合理主義精神の一大特徴であるらしい.

「ここには何か足りないものがあるのではないか.そうした方向だけでは十分な理解が得られない.しかし,私たちの生活にとって関わりの深い複雑現象が,等身大の世界のいたるところにあるのではないか」p.5

 

 

プロローグ

水が凍ったり金属が超電導を示したりするように,物質の性質が突然に変化する相転移現象と呼ばれる現象があります.それは,要素同士の強い相互作用が生み出す,著しい非線形現象である.p.17

要素同士の強い相互作用がどのように生み出すのだろう?

 

形や動きが崩壊に向かうように運命づけられているかに見えるこのマクロな世界で,それに抗するかのように新しい形や動きが生み出されつつあるという事実は,その理由が科学的に一応明らかになった現在でも,常に新鮮な驚きを私たちに与え続けています.p.19

理由とは?

 

第1章 崩壊と創造

「崩壊」を「エネルギーの散逸」に,「創造」を「自己組織化」に言い換えてみれば,多少は物理学的に響くでしょうか.地面をはねるテニスボールはやがて動きを止め,立ちのぼる煙は空に広がり,熱いお茶は冷めていきます.このように,この世界のいたるところで,エネルギーやそれを担う物質は散逸し続けています.無数のこうした日常経験から,形あるものは崩れ,動きは静止に向かうことを,私たちはよく知っています.しかし,だからといって,世界がしだいに活動性を失った単調なものに近づいているかというと,そのようにも見えません.台風は毎年同じような頻度で発生し,春になればいっせいに緑が芽吹くように,何らかの原因によってさまざまな形や運動が生み出されつつあることも,紛れも無い事実です.

なぜ世界は単調なものに近づかないのだろう?というのが大きな疑問だ.